靖国参拝と皇室蔑視2
内閣や官僚による皇室蔑視の起源は、明治維新に遡る。
そもそも尊王攘夷が国是となったのは、幕府がアメリカに対する屈辱的な開国という国難から、国を守れなかったという意識が高まったためであった。
そしてキリスト一神教を擁するアメリカに対抗し、国を守る絶対神の幻想を皇室に求めた結果が、近代日本の暴走を招くこととなった。
屈辱的開国を迫られた日本は、武力では勝ち目の無い敵であり、強引に港(股)を開いた欧米に、表向き媚びへつらうことを強いられた。
しかしながら、文明国に引きずり込まれた日本は、その卑屈な外交姿勢を、「文明が板につかない猿」として嘲られ、すり寄った欧米から露骨に距離を置かれた。
そして日本は、同じアジアの市民を侵害し虐待することで、その屈辱や恐怖を紛らわそうとした。
やがて日本のアジア侵略の方針が、アメリカと衝突するようになると、日本は「テロ国家」指定され、逆上した。
このとき、一度は抑圧された攘夷論が息を吹き返し、欧米にへつらった自己嫌悪を「非国民」として封じ込め、主戦論が熱狂をもって迎え入れられた。
日本が明治維新から太平洋戦争に至る経緯は、一見天皇家を上位としているように見えながら、その実始めから、皇族をないがしろにしてきた。
故に、昭和天皇が太平洋戦争に懸念を示した時も、そのご意思は官僚や軍部から無視されていた。
絶対神幻想の対象となった皇族は既に、露骨に偶像扱いされていた。
言い換えるなら皇族は、A級戦犯たちによって、敗北に酔う絶望的戦争によるオナニーの肴として扱われていた。
敗戦後、A級戦犯の靖国参拝を決めたのは、皇室でも内閣でもなく、厚生省官僚である。
そして現在の政治家が、皇室の意思を無視してまで、A級戦犯詣でを行いながら、アメリカへの卑屈な外交を続ける姿勢は、明治維新の屈辱的開国から、太平洋戦争に至る過程が、日本では今なお続いているという、暗黙の意思表示だ。
そこには始めから、口先では皇族云々と言いながら、ないがしろにする姿勢があった。
そして元従軍者たちの会合では、A級戦犯たちの遺族が祭り上げられる一方で、元下級兵たちとその遺族たちが冷遇される。
日本には、敗北を恥としてその自己嫌悪を兵卒たちに見いだしながら、その執行者たちを異様に美化する部分がある。
しかしながらA級戦犯は、国民の命を粗末にし、その死をネタにマス掻きしていた人々だ。
皇室の意思をないがしろにしてまで、そのような者たちを崇拝しながら、「愛国心」を口にする首相の気が知れない。
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コメント
「在日」に対する偏見を植え付けないで
投稿: | 2006年8月 7日 (月) 07時44分
『「在日」に対する偏見』とはどの部分のことでしょうか。
私は日本人として、日本人が取るべき態度を問うているだけです。
靖国参拝は、日本人の愛国精神によるものなどではなく、
日本人自身の自己嫌悪の象徴と言うべき、病んだ行為です。
だから反対しているのです。
投稿: 占い師の滋夢童 | 2006年8月 7日 (月) 13時50分