靖国参拝と皇室蔑視3
靖国参拝は愛国精神の現れどころか、むしろ日本という国家が、明治開国以来患ってきた自己嫌悪の、最も下品な表現の場となっている。
言い換えるなら、本当に日本と言う国を愛しているなら、決して靖国参拝などに同意してはならない。
そしてそのような行為を国策であるかの如くのたまう小泉首相こそ、本当の国賊ではないだろうか。
靖国神社が語る戦争史観は、明治以降の抑圧された反米感情を、やはりまた抑圧した形で、コソコソと語り継ぐものとなっている。
詳細は、フライデー誌8月18日号の、ベンジャミン・フルフォード氏の記事に詳しく掲載されている。
例えば、靖国神社敷地内の博物館「遊就館」に展示された、満州事変の説明は、「満州における張学良政権の露骨な排日政策と日本政府の対中宥和外交への不満は、満州、特に関東軍内部で鬱積していた。事変後、関東軍は清朝最後の皇帝溥儀を擁して満州国を建国した。米国政府は、国内の反対派を押さえて積極的に介入し、日本孤立化の外交戦略を展開した」となっている。
しかしながら、上記の文章に対する英訳では、「米国政府は〜」以下の文章が割愛されている。
「遊就館」にはその他にも、中国や韓国への傲慢や、アメリカへの憎悪を表明する文章が多数掲示されているが、いずれも中国や韓国を怒らせるような文章はそのまま英訳されていながら、アメリカを怒らせるような内容は、英訳からは外され伏せられている。
つまり靖国神社は、アジアへの傲慢と「鬼畜米英」を未だに唱えながら、欧米を前にしては「鬼畜米英」の部分については口を拭っている。
言い換えるなら、欧米に対して裏と表を使い分け、コソコソと反米を唱える場所となっている。
靖国神社は愛国を唱えていながら、アジアの前では傲慢に、アメリカの前では自らが、実にセコく振る舞っている。
靖国戦争史観に基づくなら、小泉首相のアメリカに対する姿勢は、アメリカを憎めば憎むほど、その前では狂言廻しの猿として振る舞うという、分裂した行動となっている。
例えば、観劇中に卑屈な態度を取って、ブッシュ大統領にたしなめられるなど、かつて鹿鳴館外交を風刺した絵を再現している。
また、A級戦犯による戦争指揮は、アメリカへの勝利を前提としたものではなく、むしろ勝てない相手への絶望と諦観を、不健全な自己満足にすり替えたものだった。
彼らは同族の犠牲を垂れ流し、徒に国土を消耗させながら、それを「大和魂の神髄」と呼び、「欲しがりません勝つまでは」などと言って、清貧の精神に酔いしれていた。
日本が太平洋戦争に突入した動機は、勝利の確信ではなく、それまで卑屈に振る舞ってきたことへの反動である。
言い換えるなら、強引な開国によって患った分裂症が生み出した自己嫌悪が爆発し、分裂症のもう一つの側面が表出したために生まれた、自殺衝動であった。
靖国神社は、決して愛国心を表明する場所ではあり得ない。
むしろ力では勝てないアメリカに対し、表向き狂言廻しの猿として卑屈に振るまいながら憎しみを募らせ、そうすることへの自己嫌悪を、アジアへの傲慢にすり替えるための舞台である。
そこでA級戦犯を祀るということは、日本が明治期の強引な開国によって患った分裂症に、未だ冒されている証である。
日本がその分裂症から立ち直ることは、私たちがこれからこの国に誇りを持ち、愛してゆくために必須のことである。
そして同時に、日本がアジアの国々から心底尊敬される国家になるための、前提条件でもある。
それはまた、日本が欧米に対しても自立した国家になるために、避けて通れない道でもある。
靖国参拝がその病状からの回復を妨げる以上、国家の代表者がそれを執り行うことがあってはならない。
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