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2006年9月 5日 (火)

右翼と左翼そして吉田松陰

 近現代の日本の思想は、右翼と左翼(そして右翼の振りをする堕落した左翼)という観点で語られることが多い。
 しかしながら、戦後の極右と極左は、戦後の日本思想の両極などではなかった。
 第一、右翼と左翼が思想の両極であるということ事態が、幻想に過ぎない。
 そして日本に於ける両者の対立はむしろ、吉田松陰の後継者たちによる、内ゲバに過ぎなかった。
 それが結局、戦後日本の精神性の発展や、病理からの回復を妨げる一因となっていたのではないか。

 右翼の主張はいわば、吉田松陰が提唱し、明治の志士たちが継承した「尊王攘夷」を、字義通り引き継ぐことにある。
 それは天皇を国家統一の父として崇める、「万世一系」といった主張の裏付けとなっている。

 しかしながら、「吉田松陰を卒業できていない」ことに関して言えば、左翼も同罪であった。
 右翼が吉田松陰の主張を、字義そのままに再現したのに対し、左翼は幕末と戦後を比較し、「もしも吉田松陰が今を語ったら」という設定を、自らの主張とした。

 右翼が信奉する「尊王攘夷」とは、倒幕と天皇擁立を掲げる運動であった。
 その原動力は、幕府がアメリカによる強引な開国という屈辱から国を守れなかったが故に、それに代わる新しい絶対神として天皇を掲げようとする衝動であった。

 一方、左翼が「天皇罪位」を唱えた戦後は、まさしく日本がアメリカに敗北を喫した直後だった。
 つまり彼らが唱えた「天皇の罪」もまた、日本をアメリカへの屈辱から守れなかったことであった。
 そのため、従来の天皇と士族内閣を排斥し、代わりに、中国やソ連がアメリカのキリスト教に対抗する絶対神として擁する共産主義を奉じて、アメリカに再び対抗しようというのが、その心理的背景であった。

 そして左翼の一部過激派による、絶望的なテロと内ゲバの歴史はいわば、第二次世界大戦中の軍部や青年将校たちの、自滅的な気運の再現であった。
 それは戦中に全国民がアメリカに対して行った清貧と大和魂の戦いを、今度はアメリカにくわえこまれた国民に対して、再現したものであった。

 共産主義が左翼的だ、あるいは左翼が万民の平等主義だ、あるいは右翼と左翼が思想の両極だという前提自体が、間違っているのかもしれない。
 例えば、共産主義国であった旧ソ連は、「共産主義」という思想を唯一絶対の神として掲げる、極めて右翼的で国粋主義的な国家だった。
 それは同じ神を擁しながら、違う呼び方をしただけで、思想的にアメリカに対抗する世界の両極ではなかった。
 「冷戦」はむしろ、同じ一神教の異端同士の憎み合いでしかなかった。

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