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2014年5月21日 (水)

陰謀史観で振り返る、日本の朝鮮侵略 009

 白村江の戦いによって、一時はボロボロになった日本・新羅関係ですが、中臣鎌足と天智天皇が倒れ、天武天皇が非藤原系の豪族達の総意で擁立されると、天武天皇は新羅と国交を正常化、遣新羅使と遣日本使をやりとりする程親密になりました。

 日本の政権交代が激しいものだったとはいえ、相手方の新羅がすぐに納得し、国交正常化に応じたということは、中臣鎌足に身をやつした豊璋王子のやり口が、それだけ露骨だったということでもあるでしょう。

 一方、天武政権下では当然、藤原氏と配下の百済系移民たちは、左遷され冷や飯ぐらいとなっていました。

 豊璋王子=藤原鎌足の遺児、藤原不比等にとって、その若き日々は屈辱の時でもありました。

 彼は宮廷の隅から、天武天皇や豪族達が、新羅から来た遣日本使を歓迎する姿を、断腸の思いで見ていたはずです。

 それは『古事記』において、暴力神スサノオが天照大神を岩戸へと追いやり、その勢いに乗じて現れた悪鬼の群れが跳梁する光景として、彼の心象に残ったでしょう。

 つまり、新羅を恨む藤原系の政治力は、彼らの意向に染まない、日本国内の自立した政治体制を、憎み散らしてもいるのです。

 そしてこの怨念が、田中角栄や小沢一郎など、日中国交正常化などを目指し、官僚主導の脱却を狙った政治家への攻撃として、今なお続いているのかも知れません。

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