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2014年5月22日 (木)

陰謀史観で振り返る、日本の朝鮮侵略 010

 ところで、日本の朝鮮侵略の歴史の背後に、百済の遺児としての藤原氏の暗躍を追ううちに、もう一つの流れに気づきました。

 それは、百済王家そして藤原氏に、反対勢力や一般市民を残酷刑に処してきた歴史が、日本と朝鮮半島の他の政権より強く見られるのです。

 詳しい話は、関裕二氏の書籍に詳しいのですが、乙巳の変の後、蘇我倉山田石川麻呂が死亡した後、その娘の遠智娘は、塩への恐怖で心を病んで亡くなられたとのことです。

 そのすぐ後、その正体である豊璋王子として百済に帰国した中臣鎌足は、自分を招聘した鬼室福信の人望を妬み、斬首した上彼の生首を塩漬けにしました。

 ここで疑われるのが、遠智娘が塩を恐怖した理由が、父の塩漬けの生首だったのではないか、ということです。

 一方、日本の天武政権下では、藤原氏をはじめ百済系の官吏たちは、左遷こそされたものの多くが公職に就き、同様に新羅でも、百済や高句麗の王族や貴族が、出世こそ望めなかったものの、多くが公職に就いていたとのことです。

 つまり、百済の豊璋王子=中臣鎌足の一派が、敵対者への残酷刑が際立っているのです。

 その他の事例についても、その時代と共に検証いたします。

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