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2014年5月28日 (水)

陰謀史観で振り返る、日本の朝鮮侵略 014

 平安・貴族時代、そしてその後の武家・鎌倉時代を通じ、日本は朝鮮半島侵略には至らず、高麗との穏やかな国交に終始していました。

 藤原氏がそれまで時折見せていた新羅への敵意、そして後の李氏朝鮮への侵略の意図は、この時代には表出しませんでした。

 理由の一つは、百済・高句麗の遺児たちが建国した高麗に、藤原氏が納得していたと考えられます。

 特に、後の南北朝時代以降のように、藤原氏自体が2派閥に分かれ、その反目体制強化の軸として、「天智・鎌足への回帰」を打ち出すには、至っていませんでした。

 むろん、藤原家内部には、天皇家を巻き込む形での内紛・お家争いは絶えませんでしたが、その時ほど日本中を2分するには至っていませんでした。

 2つ目の理由は、むろんこちらの方が大きな理由と言えますが、鎌倉時代には藤原氏と距離を置いた武家政権が確立し、日本の社会・文化を自由に構築していました。

 つまり、藤原氏としては、騒ぎたくても騒げる状態ではなかった、と言えます。

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