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2014年6月 5日 (木)

陰謀史観で振り返る、日本の朝鮮侵略 020

 応仁の乱により、室町幕府と大大名たちが疲弊してゆくことで、時代は下克上へと動き、織田信長の台頭を許しました。

 その地盤を、信長の死後巧みに取り込んだのが、豊臣秀吉です。

 ご存じの通り、豊臣秀吉は後に、李氏朝鮮侵略を挙行しました。

 動機は、領土拡張や、大使との行き違いなどが挙げられています。

 しかしながら、後に明治政府が、豊臣家の家紋と類似した桐紋を、政府の紋章として採用するなど、豊臣秀吉は妙に称揚されています(これには明治新政府の中核となった、島津藩と毛利藩による、徳川家へのリベンジという説もあります)。

 つまり明治政府には、豊臣秀吉の朝鮮侵略を、意気に買ってみせる必要があったのではないでしょうか。

 しかしながら、卑しい出生の豊臣秀吉に、南朝藤原氏が直接接触したかどうかは分かりません。

 ですが、そもそも南朝勢力が、織田信長に李氏朝鮮攻略を持ちかけていたのを、秀吉が真に受けて後に実行した、と言う可能性が残ります。

 と言うのも、足利幕府が倒れた当時は、織田信長は天皇の威光を平気で無視できる人物であり、となれば北朝天皇家の諜報能力も低下していたため、南朝の密使が信長に接近しやすかった状況は残ります。

 更に言えば、信長と南朝の隠れたつながりこそが、信長が西洋文明やキリスト教と接触する上で、有利な立場に立ちやすかった背景でもあり、同時に武田信玄や上杉謙信への暗殺疑惑にもつながります。

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