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2014年6月 7日 (土)

陰謀史観で振り返る、日本の朝鮮侵略 022

 豊臣秀吉の死後、徳川幕府は秀忠の時代、家康存命中の1609年、秀吉の朝鮮侵略によって破綻した李氏朝鮮との国交を正常化します。

 この背景としてはむろん、李氏朝鮮が自国内の安定化を望み、徳川幕府としても、豊臣時代のツケを早く精算したかった、という思惑があったでしょう。

 しかしながら、もう一歩進んで見れば、徳川家は北朝朝廷との関係を重視する政権でもありました。

 言い換えるなら、李氏朝鮮との和解が、豊臣秀吉の背後にいた、南朝系勢力への牽制だった可能性が残ります。

 それは裏を返せばもちろん、明治政府が南朝正当論を唱え、朝鮮侵略を挙行し、そして豊臣秀吉を妙に称揚する動きになります。

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