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2014年6月13日 (金)

陰謀史観で振り返る、日本の朝鮮侵略 027

 これまでは、古代から江戸末期まで、南朝系藤原氏が主体となり、天智・鎌足への回帰として、李氏朝鮮を新羅に見立て、百済の敵討ちのため討伐し、そのために日本を使い捨てにする陰謀を、追ってきました。

 今回は少し、江戸時代を中心に、徳川家康がその動きに抵抗した、その痕跡を振り返ります。

 そこにはある程度、陰陽道や霊的知識が使われていたので、スピリチュアルなネタも絡みます。

 ご存じの通り、豊臣秀吉の朝鮮出兵により、日本と李氏朝鮮の国交は崩壊、その後豊臣家を滅ぼした徳川家康が、李氏朝鮮との国交を正常化します。

 これは百済のために天智・鎌足(正体は百済の豊璋王子)が、白村江の戦いで新羅と唐の連合軍と交戦し、新羅と断交したものの、天智天皇の息子、大友皇子を倒した天武天皇が、新羅と親密に国交したのと似ています。

 言い換えるなら日本の権力は、百済原理主義と善隣外交派の相克によって動かされてきているのです。

 そしてそれは現在も、アメリカ至上主義の仮面を被った、アジア蔑視と対亜的卑屈さの落ち着かない政局と、善隣外交主義を打ち出したために、アメリカ系官僚勢力に潰される政治家、という形で続いています。

 もちろん、徳川家康は後者で、李氏朝鮮との善隣外交を選好しました。

 そして徳川幕府の組閣や、江戸城下街の建築は、天海僧正の意見を参考にしたといわれますが、天海僧正には、潜伏した明智光秀だったという説があります。

 つまり、織田信長の危険性を肌で感じた人物が、歴史の表舞台から一旦姿を消し、裏方として徳川家康と組み、南朝系藤原氏の陰謀に、対抗策を繰り出していた可能性があるのです。

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