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2014年10月14日 (火)

陰謀史観で振り返る、日本の朝鮮侵略 058

 前回の本シリーズ投稿【リンク】で、南北朝の分裂は、天皇家そしてそこに取り付いた藤原氏にとっても、分裂の危機だったと発言しましたが、その前後にも鎖国・開国を巡り、藤原氏自体の分裂危機が発生していました。

 例えば、藤原仲麻呂(後に恵美押勝)は、藤原光明子の寵愛を背景に、孝謙天皇と対立し、新羅征伐を唱えますが、主流派にはなれず、反逆罪で討たれました。

 しかしながら恵美押勝の姿勢は、後に南朝が豊臣秀吉や明治政府を操り、李氏朝鮮討伐を行わせたのに近いものがあるため、岸田秀教授流に、孝謙天皇(鎖国派)と恵美押勝(開国派)の対立と言い換えられるでしょう。

 そして室町幕府を弱体化させた応仁の乱は、藤原氏の有力分家で将軍の正室でもあった日野家が、両陣営に参戦した殆どの大名にお金を貸していた為、日野家はその債券で莫大な利益を上げ、弱体化した大名は戦国時代に混乱、そして織田信長の台頭を許しました。

 豊臣秀吉の李氏朝鮮侵略は、そもそも織田信長にさせるというプランがあったようで、日野氏は、李氏朝鮮との円満外交を望む室町幕府(鎖国派)を滅ぼし、李氏朝鮮侵略を辞さない織田信長(開国派)を台頭させることで利益を得た、隠れ南朝派と言えます。

 つまり藤原氏自体にも、アジアとの緩やかな外交と内需充実を望む鎖国派と、新羅(そしてその後釜として憎まれた李氏朝鮮)討伐の為なら、日本国内の安定を犠牲にすることすら辞さない開国派との、潜在的な対立があった、ということになります。

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