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2014年10月23日 (木)

陰謀史観で振り返る、日本の朝鮮侵略 061

 私が「日本の朝鮮侵略」を、陰謀として分析した結論は、日本に逃れた旧朝鮮半島国家、百済の遺民たちが、百済を滅ぼした新羅への復讐として企んできた、というものです。

 そうした「日本の朝鮮侵略」の原点は、百済救援のために日本が唐・新羅連合軍に戦闘を挑み、惨敗した「白村江の戦い」にあります。

 この時、日本の豪族達の主流派は、唐・高句麗・新羅・百済との並行外交で、軍事介入はしない方針でしたが、これを要人暗殺テロで政権を乗っ取り、「白村江の戦い」に無理矢理参戦したのが、天智天皇と中臣鎌足でした。

 中臣鎌足の正体は、百済の豊璋王子でしたが、このときは皇位継承順位が低かった天智天皇を、天皇の座に着けるためにテロに協力したのは、鎌足=豊璋王子に従う、百済系移民の過激派でした。

 つまり天智天皇は、百済の新羅への復讐に協力すれば、天皇になれるという密約のために、日本をその復讐に使わせることに合意したのです。

 そしてこの、裏で朝鮮(百済)人が操り、日本が新羅への復讐の道具して使われる、「朝鮮のための朝鮮による日本の朝鮮侵略」という構図を、「大化の改新」として美化したのが、鎌足の息子、藤原不比等でした。

 そして上記の美化を、後の南朝天皇派の藤原氏が、自らの権力構図として確立し、非百済系政権であった李氏朝鮮への復讐に、再度日本を利用した結果が、豊臣秀吉そして明治政府による、朝鮮侵略だったと考えられます。

 そしてその証拠と言えるのが、現代の歴史教科書が、新羅の国名を正確な「シルラ」ではなく、百済人が新羅人に使っていた罵倒表現の「シラギ」と呼んでいることです。

 正確を期すべき教科書の表現が、何故今日まで直ってこなかったのでしょう?

 つまり官僚トップ(南朝系藤原氏と関連あり?)が、百済の新羅への怨念を、未だに抱いていることが、靖国問題など日本政府の対応に現れているといえます。

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