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2014年11月26日 (水)

陰謀史観で振り返る、日本の朝鮮侵略 067

 日本の朝鮮侵略と言えば、それに影響を及ぼした書籍の一つとして、水戸藩が編纂した「水戸学」が挙げられ、そのため一部では、徳川家康が南朝天皇に天下を譲位する、という説も上がっていました。

 しかしながら、この説には疑問があり、私はむしろ、武家政権にとって潜在的な国内の敵対勢力である南朝の、心理分析を試みたと考えています。

 徳川幕府は基本的に、大名達の合意によって成立した部分が大きく、そして大名は元々、藤原氏の支配が弱まったのに乗じて台頭した、地方の独立武装勢力です。

 しかも北朝を指示した今川氏は、徳川と同じ(と徳川が詐称しているという疑惑もある)源氏の流れを汲んでおり、徳川家康も北朝皇室との関係を重視しています。

 ですので、大名達だって、南朝を今更蒸し返されたところで、訳が分からなかったでしょうし、徳川家康自身がむしろ、疑問に思っていたはずです。

 そして家康がそんな時になって、南朝を気にしだした契機は、豊臣秀吉の朝鮮出兵だったのかもしれません。

 はじめに、徳川幕府が李氏朝鮮と国交正常化するに当たり、豊臣秀吉が何故、朝鮮出兵を行ったか、その背景を調査した可能性が高いでしょう。

 朝鮮出兵は、豊臣配下の大名達を疲弊させ、何の収穫もないままの撤兵という、日本の惨敗に終わり、褒賞も当然与えられなかったことから、石田三成が大名達の恨みを買い、豊臣家滅亡の原因と成りました。

 つまり徳川家康から見れば、何が豊臣秀吉を自滅的戦争に駆り立てたのか、気になっていたはずです。

 そして関ヶ原の合戦後、徳川家康は腹心の井伊直政を、彦根に配属しますが、それも石田三成が朝鮮出兵を唆した可能性を考え、石田三成の背後を調査させる目的もあったかもしれません。

 そしてたどり着いた結論は、南朝が自身の存在感を示すだけの目的で、大名を使い捨てにする様な朝鮮出兵を、豊臣秀吉に示唆したという可能性だったのではないでしょうか。

 ですので、徳川家康が南朝に譲位するために「水戸学」を編纂したという仮説には、矛盾がある様に思え、むしろ李氏朝鮮に恨みをぶつける為に大名を使い捨てにし、その犠牲からも利権を得ようととする、日本の武家にとっても潜在的な敵対勢力として、南朝を捉えていたのではないか、と考えられます。

 であるからこそ、今川家や吉良家などの主要な足利氏の分家が、大名としての地位こそ失ったものの、旗本として存続することを許され、そして徳川幕府が北朝皇室を尊重し、李氏朝鮮と国交正常化するという、後の明治政府と真逆の政策を重視したと言えます。

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