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2015年8月19日 (水)

陰謀史観で振り返る、日本の朝鮮侵略 073

 先日は、明治維新そして朝鮮侵略を唱えた「維新の志士」達が、その実侍の中でも少数派で、毛利家に滅ぼされた、大内家の旧家臣団を中心とする浪人ネットワーク出身だった可能性があり、そしてその活動が実は、島原の乱にも影響していた点に着目しました。

 ここで、島原の乱を一度振り返ってみましょう。

 ★島原の乱【リンク】

 島原の乱は、松浦家と寺沢家による過酷な年貢が引き起こした百姓一揆である、あるいは潜伏していたキリシタンの反乱、と正史では永年見なされてきましたが、実際には旧豊臣系大名配下だった浪人達が主導していたようです。

 そしてこの中には書かれていなかったものの、大内家との地盤とも近い地域でもあることから、反徳川色の強い外様大名の家来として潜伏していた、旧大内家家臣達が、直接姿を現さない様に、他の浪人達をまとめていた可能性もあります。

 また当然、島原の乱から生還した浪人達を、外様大名への再仕官を斡旋、または影で生活費を援助するなど、旧大内家浪人達が、そのネットワークを駆使して浪人達を助け、後に明治維新で彼らに味方する下級武士達を増やしていったことも考えられます。

 更に言えばこの一揆勢は、単なる烏合の衆の反乱や、破れかぶれの暴動と見なすには、余りにも強すぎました。

 松浦家と寺沢家は、圧政で大規模一揆を招いたのみならず、鎮圧にも失敗した罰により断絶し、更に九州の有力大名が参戦するも鎮圧仕切れず、遂には幕府軍の切り札、松平伊豆守の参戦によって鎮圧されました。

 結局破れたとはいえ、貧しい浪人や百姓達が、幕府軍相手にここまで善戦できたのは、果たして士気が高かっただけでしょうか?

 浪人の参戦から考えられるのは、彼らが藩から奪った武器弾薬のみならず、関ヶ原の遺物となっていた軍資金や、使い損ねた火薬や武器を、島原の乱に持ち込んだからではないでしょうか。

 そして勿論、表向きは幕府軍だった島津家も、天草四郎がフィリピン日本人街に亡命したという伝承があり、島津家がフィリピンとの密貿易で明治維新の軍資金を稼いでいたことから、影で一揆軍を支援していた可能性もあります。

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